相変わらずいい街でした。
飯は美味いし景色もいい!
ライブの合間にスノボもしました。
行ったのはキロロという所。
ゴンドラで標高1180mまで上がれるのですが、ここからの景色はマジ絶景でした!!
ウィンタースポーツする人は一度行ってみてはどうでしょうか?
そんなに混んでないし、雪もフカフカですよ~!
堪能しまくりで言うこと無しの三泊四日でしたとさ。
阪神大震災は12年目を迎えたが、国民を災害から守ることを任務とされているはずの自衛隊が、国による命令を受けて救援に向ったのは、数日を経て後のことであった。日本の場合、自衛隊は軍隊ではないし、国土保安隊として出発し、防災のたねにも働くことを任務としてきた特別な生い立ちがあるのに、である。ギャグで言ってんのか?
おめでとうございます。
なんか正月は体調悪くてずっと寝てたような気がします。
今年もよろしくお願いします。
明日からツアーで北海道行ってきます。
スノボもします。
食べ物も楽しみです。
言うべき事はたくさんある。
しかし言わなくてもいい事を、わざわざ口に出す必要は無い。
そして嘘というものは、お互いがその存在を認識したとき、初めて嘘となる。
ほとんどの場合、それは悪性である。
まず、教員の養成、能力開発にかけるコストがぜんぜん違う。フィンランドでは教師はもっとも人気のある職業の一つであり、社会的威信も高く、教員養成大学は超難関である。教員にはすべて修士号が要求され、小学校の担任資格を得るためには312時間(7週間)の現場実習が必要。教員になっても年最低3日の研修が義務づけられるが平日に有休をとって参加することが可能なほか、校長向けの研修プログラムも多数開発されているという。明示的なデータは紹介されていないが、小中学校での年間総授業時数OECD加盟国中最低レベル、日本よりも少ない一学級あたり生徒数、さらに「学校は基本的に知識を提供する場」という割り切りがあって日本のように何でもかんでも学校が抱え込まないこと、を考えれば日本の教師よりも労働時間がはるかに短いことは容易に想像がつく。要するに、「特別」な、魔法の授業プログラムが存在するのではなく、あたりまえのことを高いレベルで多くの教員が実践できるだけの制度的な裏づけがあるということであり、教育への公的支出が極めて低レベルの日本で同じことを教師に要求できるはずはない。なるほど。
もちろん、本書は「フィンランド式万歳」的な礼賛本ではない。日本人と結婚したフィンランド人女性の「日本の教育システムの方がよい」という声も紹介されている。フィンランドの高校進学率が60%程度である(したがって高校進学者は同時に大学進学志望者と見なされ、かなりのハードワークが科される)ことをうけた刈谷剛彦の次の指摘は面白い。もし日本の高校進学率が60%程度にとどまっていたら、現在「教育問題」として語られているものは「きっと今の半分以下」だろう、と。その代わり、学校の外側に学校の外側にたくさん問題があったろう、と。日本は18歳までの若者のほとんどを学校で抱え込む道を選んだのであり、「学校が抱える問題」は「社会が抱えずにすんだ問題」と引き換えで起こっている部分が大きいのだ、ということである。とすると、ここの教員に超人的な才能と努力を要求しない、“持続可能な”教育システムをつくるには、学校が果たすべき役割をもっと限定して残りは社会が負担するか、学校が抱え込む役割の大きさにふさわしいリソースを投入すべきだ、ということになろう。刈谷は現在の教育改革論議を“ハンバーガーチェーンの厨房で働いていた人間に、いきなりフレンチのシェフになれと言っているようなもの”と評している。進学率だけを追い求め、それ以外を排除して、結果バカを大量生産することに意味はあるのでしょうか?
12.「世界で最も人生を謳歌したペニス」は、1770~1784年に生存したトンガの王であるKing Fatefehiである。彼は人生で、37,800人もの女性を相手にしたのである。しかも、1日あたり7人の処女を相手にしたという。ちょwwwwww
「ちんこ」って意味らしいですよ、「ポケットモンスター」。
ゲットだぜ!☆
何がしかの創作物に触れるということは、人の感性に多大な影響を与えてくれるものですよね。
俺の今の感性が形成されるにいたって、かなり影響を受けているなあというもの。
それは漫画であり、ゲームであり、映画であり、アニメであり、サイバーパンクであり、サイコサスペンスであり、サイケデリックであり、バイオレンスであり、ファンタジーであり、SF小説であり、エロゲーであります。
そしてそれらに付属するサントラが今の俺の感性を育て上げたといっても過言ではありません。
幾多数多の「驚愕」と「泣き」と「燃え」と「萌え」が俺を駆け抜けて行きました。
その中でも今日は特に”エロゲー”と”SF”について少し語ろうかと思います。
皆さんエロゲー知ってますか?
もう少し正確に言うと、”18禁パソコンゲーム”ですね。
じゃあギャルゲーは?
有名どころでいうと「ときめきメモリアル」などがギャルゲーにあたります。
誤解されがちなのですが、エロゲーというものがこのギャルゲーに大人のエロ要素を足しただけのものという認識には少し誤りがあります。
エロゲーといっても色々ジャンルがあるのです。
そういったアドベンチャー形式から、RPG、アクション、シュミレーション、パズル、格闘、サウンドノベル等など、ありとあらゆるジャンルが混在します。
そして”18禁”という制限を設けることで逆に表現の制限を大幅に広げたゲーム業界がそこにあるのです。
”18禁”と聞いて即座にエロだけを想像する人は、それこそ頭の中に”エロ”の2文字しかない思考停止人間である可能性がありますよ!
”18禁”という枠の中では表現の制約が緩和されます。
それはエロだけではなく、バイオレンス表現、タブー的なことやサイケデリックな演出、はたまた一般向けには向かないマニアック過ぎる内容もかなりの範囲で許容できるということです。
普通のゲームしかやってなかったら全く拝めないであろう世界です。
これは18才以上の分別のある大人にだけ許された至高の娯楽世界です。
もちろん当たり障りの無い”エロ”だけを全面に押し出したゲームも多いですが、俺はストーリーやゲーム性にこだわったエロゲー界屈指の名作や迷作を何本もプレイしました。
いわゆる”オタク”が制作側に回っていることが多く、ストーリーの内容も理屈っぽかったり、哲学くさかったり、理系的観念満載の作品がたくさんあり、オタクにはこれがほんとたまらないのです。
量子力学、並行宇宙、相対性理論、伝奇、猟奇、クトゥルフ神話、カント、デカルト、ニーチェ、シュレディンガーの猫、フェティシズム。
これらの単語にビビっと来る人はやってみるべき名作が何本もありますよ。
まあ、何が言いたいかってーと、「セカチュー」を読んで泣いた人は「世界の中心で愛を叫んだけもの」を知らない人がほとんどだろうし、似たよーな”ぼくわたし泣き&欝文学”、「ノルウェイの森」すら読んだことないかもしれない。
「セカチュー」や「ノルウェイの森」を読んでも一向に泣けなかった俺が、爆泣きしてクリア後一週間欝になった「EVE burst error」や「Air」、あまりに衝撃的なストーリー展開、神がかってさえいるゲーム性に失禁しそうになった「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」や「Ever17 -the out of infinity-」、あまりに渋すぎて「俺は将来探偵になるんだ!」と危うく心に決めかけた「黒の断章」、「Esの方程式」を、「オススメですYO!!!!!」と箕面の中心で叫んでみたところで、「おっ、そうなんや~やってみよっ」と、気軽にエロゲーストアに足を運ぶ人なんかほとんどいない現実が残念でなりません。
実写>アニメ、小説>漫画、運動>ゲーム。
このステレオタイプな方程式が出来てしまうのは日本では仕方ないのかもしれないですが、感性を育む時にそんな観念ははっきりいって邪魔だと思うし、アニメ漫画ゲームは日本が世界に誇る文化なのだということをちゃんと日本人自身が認識しなければ、クリエイターが育っていかないんじゃないでしょーか。
目と耳かっぽじってくださいよ。
邦楽が世界に進出してますか?
日本の作家の小説が世界でどれだけ翻訳されてますか?
ちなみに余談ですが。
ちびっ子からおっきいお友達にまで大人気な「ポケットモンスター」ですが、海外での名称は「POKEMON」です。
何故でしょうか?
正解は次回!